カトリック夙川教会月報 巻頭言


by shukugawachurch
                                                       
サック神父様へのインタビュー

 611日に夙川教会の助任司祭として着任されたサック神父様にお話しを伺いました。

〈お名前は?〉

 私は、洗礼者ヨハネ グエン・シン・サックです。私の霊名は自分で選んだのではなく、祖父がつけてくれました。幼児洗礼を受けた一族の男の子は皆、霊名は洗礼者ヨハネです。

〈お生まれは?〉

 19841010日、ベトナムのハティン省ヴィン教区の田舎で生まれました。力強い信仰を持つ地域です。出身小教区は信者数が約58千人で、小教区の召命は司祭が25人、神学生が40人、シスターが130人です。ヴィン教区の信者数は名簿上54万人で、教区の召命は司祭が288人、神学生210人、神学生志願者450人で、シスターは数えられないくらい大勢です。

〈ご家族は?〉

 両親と子ども7人の9人家族で、何代も前からのカトリック信者です。私は7人きょうだいのいちばん上で、妹が2人、弟が4人います。妹の一人は結婚し、もう一人は東京のイエスのカリタス修道女会にいます。弟の一人は大阪教区の神学生、残りの3人は学生です。末の弟は12歳です。

〈召し出しを感じたのは?〉

 私がまだ中学2年生の頃、叔父が田舎へ帰って来て、教会で初ミサを捧げました。その時、ワクワクした気持ちになり、奉献生活に憧れました。一生を神様に捧げたいと思い始めました。しかし、自分が神様に選ばれるのだろうかと心配でした。毎年、夏休みには親戚が田舎に帰って来て、修道服を着てミサに与ります。その姿を見て、とても素敵だと感じました。自分も高校を卒業して神学校へ進学し、一日だけでも修道服を着てみたいと思いました。小さな夢でしたが、その夢はいつも私の心の中にあり、将来は神父になって奉仕したいと思っていました。

〈司祭になるまでの道〉

 たくさんあるのですが一つ、皆様に紹介したいです。

 幼児洗礼を受けた私は、カトリックの家庭で育ったので、自然と信仰生活が体に染みついていました。私が200510月にベトナムから一人で来日した時は、何もわからず、心細く、恐れでいっぱいでした。しかも入学した学校はカトリックとは違う宗教でしたので、さらに驚きと不安の毎日でした。その学校でも毎日祈りがありました。私はこっそり指を折りながらロザリオの祈りをしていました。違う宗教の中で祈り続けなければならないという苦しみの中で、いつかはカトリック教会に行けるよう、あきらめずに祈り、絶えず神に信頼し、委ねました。祈りによって、奥深いところから神秘的な力がもたらされ、無から有へ、神が人を通して、私の思いを希望へと導いてくださったと気づきました。

 これからもそのような体験を語り合い、皆さんと神様の素晴らしい業を分かち合いたいと思います。

〈司祭としてモットー〉

 司祭は神の国の建設のため、また神様と人との仲介者として常に生き、福音の証となるべく努めます。また、神様と人間の架け橋として相応しく生き、生涯努力しなければなりません。私は本当に小さくて弱い人間ですが、神様のみ手に委ね、すべてをお捧げ致します。神様に「主よ、あなたの僕として働かせてください。一日だけでも司祭職を生きることができたら、いつみ国に行っても私は幸せです」と日々祈り続けます。そして司祭として秘跡を授け、悲しい時も嬉しい時も一緒に分かち合い、理解し合います。司祭は神様の愛をもって生きることが大切だと思いまもって生きることが大切だと思います。人々が司祭を通して、神様の愛を感じられますように。

〈夙川教会の信徒に一言〉

 神父様方と夙川教会の皆様の暖かいお心に、心から感謝申し上げます。

 私の司祭叙階式で選んだ福音の言葉は『彼らのために、わたしは自分自身をささげます』(ヨハネ1719節)でした。だから、一生を通して、日本の教会、また大阪教区、特に夙川教会の皆様のために毎日祈り、秘跡を行うこと、またミサを捧げること、そして皆様とともに分かち合うことができたらとても幸せです。私は神様と皆様の僕だから特に秘跡を通して使ってくださったら嬉しいです。

 夙川教会の皆様一人ひとりの上に神様の恵みが与えられますように祈ります。どうか私が良い僕になれますように、私のために皆様、祈ってください。ありがとうございます。


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# by shukugawachurch | 2017-10-01 00:00

ご聖体訪問

                                                       
ペトロ 梅原 彰 神父

 カトリック教会の聖堂に入ると、かならず赤い聖体ランプが灯っています。プロテスタント教会には十字架はありますが、聖体ランプはありません。ヨーロッパの教会を見学に行き、その教会がカトリック教会かそうでないかを識別するしるしとして、聖体ランプが灯っているか、いないかでわかります。

私たちはミサ聖祭の中で、パンとぶどう酒がキリストの体と血に変化したご聖体をいただきます。残ったご聖体は聖櫃におさめられます。

 日曜日にミサに来られなかった人も、平日聖堂に入り、ご聖体の中におられるキリスト、死を過越すぎこして復活されたキリストに親しく祈りを捧げることができるのです。

人類はアダムとエバの原罪によって悪魔に従うものになり、成聖の恩恵を失ったのです。しかし神は人類を悪魔の手から解放するため、神の子キリストを人類に送ってくださり、私たちと連帯し、自らの生命を捧げ、十字架上の死によって人類の罪を贖い、再び神の子となる恩恵の恵みをもたらしてくださったのです。神の御子キリストの十字架上の死は、御父に対する従順を全うし、人類の罪を帳消し、私たちは神のいのちに与り、永遠の生命に招かれたのです。

 新約はこの十字架の犠牲によって成り立ち、この十字架の功徳によって救われたのです。この十字架は救いと愛のシンボルです。そのうえ、キリストはご聖体にまでへりくだり、私たちの霊的な心の糧として聖体にとどまり、世の終わりまで私たちのため、目に見える形で地上にとどまってくださいます。私たちはこれほどまで愛されているのです。その愛に答えるため、しばしばご聖体訪問をすることが勧められます。ご聖体訪問し、礼拝と賛美、感謝をし、罪の赦しと償いをし、神の恵みを願って祈る習慣をつけましょう。

 教会に来られない高齢者や病人は、司祭がご聖体を奉持しますので、遠慮なくおっしゃってください。当教会では毎月第一木曜日の午後三時半より聖体賛美式を行っています。


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# by shukugawachurch | 2017-09-01 00:00

少年の夢

                                                       
加古川カトリック教会 主任司祭 赤波江 豊

 司祭になって間もない八月、ドイツの恩人を訪ねて行ったことがあります。その時乗った飛行機の隣の席に、学生らしき人が座っていました。どちらからともなく話しかけているうちに、彼はその年、当時の神戸商船大学を卒業して、これからドイツのブレーメンに留学に行くところだと話してくれました。

 彼が言うには、「私は子どもの頃から船が好きで、よく父親と一緒に神戸港に船を見に行っていました。やがてどうしても船の勉強がしたくて神戸商船大学に入りました。そこは全寮制で生活も厳しく、私はもともと体が小さく痩せていましたが、体型が変わるくらい鍛えられました。大学卒業後、もっと船の勉強がしたくてドイツのブレーメン大学に行くことにしました」。彼の話を聴きながら、彼の表情には何とも言えない爽やかなものを感じました。そして彼は「子どもの頃の夢を実現できる人は幸せです」と付け加えました。彼は神戸の須磨区の人でした。今、彼はどうしているのでしょうか。きっと充実した人生を送っていることでしょう。

 「子どもの頃の夢を実現できる人は幸せです」。彼が語ってくれたこの一言は今でも私の脳裏にはっきりと記されています。私はよく子どもたちに将来の夢について尋ねることがあります。その時、必ず彼の言葉を繰り返します。子どもたち、夢をしっかり持ちなさい。夢は必ず叶います。確かに自分の願っていた仕方で夢が叶わないこともあります。でも、それは挫折でも失敗でもない。新しい発見です。夢を抱いて費やしたエネルギーが無駄になることは決してありません。夢を抱いて生きる人は、たとえ自分が願っていた仕方で叶わなくても、それまで費やしたエネルギーを無駄にしたくないという思いから、必ず新しい道を再発見します。そうやって充実した人生を送っている人は無数にいます。確かに「子どもの頃の夢を実現できる人は幸せです」。でも、「夢を持つ人はすでに幸せな人です」。子どもたち、夢をしっかり持ちなさい。

2014年11月から夙川教会でご指導くださいました赤波江 豊神父様は、2017年6月より加古川教会主任司祭に転出されました


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# by shukugawachurch | 2017-07-01 00:00

夙川教会と典礼

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コーナン・ミシェル 神父



 わたくしたちの聖堂は、夙川駅から近いですし、また、外から見てもとても美しいですから、お天気の良い日など、カメラを持った方々の憧れの対象です。洗礼の恵みをまだ受けていない方々でも、自分たちの結婚式をこの聖堂で行いたいと望むカップルは、少なくないのです。

 さて、カトリック教会の典礼では、目と耳と心の調和が大切です。

 まず、耳においては、阪神大震災によってせっかくのパイプオルガンが壊れてしまったのは、残念なことでしたが、現在のオルガンでも、オルガニストの方々が、美しい音色でわたくしたちを祈りに上手く導いてくださっています。たまに赤ちゃんが自分なりの声を出して神様を賛美するようですが、守護の天使に勧められたのか、許されたのか、そのような声さえ、さまざまな人の存在を思い、祈ることになります。

 次に、目においては、聖テレジアはわたくしたちと一緒に祈っておられるようなしぐさで、ミサに参加してくださるようになりました。主日の日曜日、少しずつするべきことを覚えた侍者の子どもたちは、積極的にミサの役割を果たしてくれています。もちろん、担当司祭も参加者とともに祈り、共同体の一員として、自分の役割を果たしております。皆さんが内陣の祭壇上での典礼を見てくださることで、心が一致してゆきます。

 最後に、心においては、ミサの間、沈黙を守るべきところがあります。それは、個人的に感謝の祈りを深くするべき時を意味しています。聖霊の働きによって、深く神に語りかけ、結ばれ、感謝する時なのです。(感謝できない人は、もっと執り成していただけるよう祈りましょう。)祈りのうちにありがたい恵みをいただく時なのです。

 現在、内陣の右側に、大きな木のピエタが置かれています。ブスケ神父の時代、神戸の居留地に建てられた「悲しみの聖母」に捧げられた教会の入口の上に掲げられたアーチ状の飾り(タンパン)です。1870年くらいのものではないかと思います。このピエタは典礼的なものというよりは、もっと歴史的な価値が現れるところで、なお一層、価値を発揮するのではないでしょうか?

聖堂は祈りを捧げる場所、恵みをいただく場所、人間が神に出会う場所ですから、わたくしたちは、先輩方が黙想のうちにイメージし、作り上げた聖堂を大切にしたいものです。先輩司祭や信徒の方々が、天国から執り成し続けてくださっているでしょうから、わたくしたちは、聖堂を祈りの場として、聖人の歩まれた道に倣って、歩んでまいりましょう。



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# by shukugawachurch | 2017-06-01 00:00
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ヨセフ 赤波江 豊神父
 私は12年前からタイと関わっており、毎年神学生や大学生を連れてタイ北部の山岳民族の村を訪問しています。タイ北部の山岳地帯には伝統的に山岳民族と呼ばれる人たちが住んでいて、主に農耕に従事しています。カレン族、アカ族、モン族、ラフー族など10以上の部族があり、それぞれ言語も違います。実はこれらの山岳民族の中にはカトリック信者が多く、村全体がカトリックという所もたくさんあります。今年は2月27日から3月9日まで北部のオムコイ市から車で2時間ほど行ったカレン族のナキヤン村を訪問しました。この村は戸数50戸。村には教会があり、カレン人の司祭がいます。参加者は10名で、夙川教会からは2名の信徒と大学生が参加しました。日本語はもちろんのこと、英語も通じない村で手作りの簡単なカレン語ガイドブックだけをたよりに悪戦苦闘の毎日でしたが、結局参加者全員が体験できたことは、言葉は分からなくてもコミュニケーションできるということでした。特に子どもと遊ぶのに言葉は不要です。日本にいる時はあまり子どもたちと遊ぶイメージのなかった青年たちが村で純粋に嬉しそうに子どもたちと遊んでいる姿は、輝きそのものでした。そして村人と私たちとの最高の接点は同じ信仰を持っているということでした。村には信徒自らの手で建てた美しい教会があり、そこで毎日同じミサに参加して共に祈り歌い、特にカトリック聖歌の「あめのきさき」をカレン語と日本語で歌った感動は今でも心に残っています。私たちにとってこのような村の訪問はまさに巡礼でした。一見何の変哲もない山の中の村、でもそこに神と神を信じる人たちがいるのですから。村の広い棚田の中にたたずんで青い空、緑の山並みを見つめた時には同じ光景でも日本では感じられないもの、即ち時空を超えて悠久の歴史の中にいる自分、即ち大きな神のみ手のなかにいる自分を実感しました。ナキヤン村の人をはじめ、山岳民族の人たちは非常に控えめで穏やかで親切です。生活は日本と比較すれば非常に質素ですが、彼らは自分たちが決して貧しいとは思っていません。衣食住充分満ち足りていると思っています。実際金持ちではありませんが、豊かに暮らしています。だから皆穏やかなのでしょうか。参加者全員一人ずつ村の家庭に8日間滞在し、村人の普段の生活と全く同じ生活を体験しましたが、全員感じたことは「何もなくても充分幸せだ」の一言でした。「便利だが人間が希薄な社会」と「自然のなかで不便だが人間が豊かな社会」のどちらが幸せでしょうか。これは一言では答えられない、またどちらかを簡単に切り捨ててはいけない質問ですが、今回の参加者特に若い青年たちがこれから生涯問い続けなければならない課題「幸せとは何か」にチャレンジした体験になったことでしょう。


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# by shukugawachurch | 2017-05-01 00:00