カトリック夙川教会月報 巻頭言


by shukugawachurch

マルコ神父様へのインタビュー

                                                       
マルコ・アウレリオ・ダ・カスキリョ神父

1 お名前は?
マルコ・アウレリオ・ダ・カスキリョ(Marco Aurélio Casquilho)です。私の父は、私のファーストネームを、ストア哲学者であったローマ皇帝マルクス・アウレリウスにならって名づけました。コスタは母方の姓で、カスキーリョ(スペイン語のCasquillo=馬の蹄鉄の意)は父方の姓です。先祖はたぶんヨーロッパのどこかの国から来た十字軍の末裔だと思います。

2 お生まれは?
 ポルトガルのモイタ・ド・ノルティーヴィラ・ノヴァ・ダ・バルキンハで1977年9月21日に生まれたポルトガル人です。故郷はテージョ川に近いリバテージョという小さな村です。ここは豊かな農業の中心地で、馬や牛を育てるのに最良の場所です。この家からは、ミラ・デ・アイレ山やレジリア湿原を見ることができます。

3 ご両親、ご兄弟は?
 両親ともポルトガルで健在です。父は鉄道で貨物輸送のコントロールの仕事をしています。母は退職者ホームでお年寄りや病気の人のために働いています。私は一人っ子で、神の祝福によって生まれたと言えます。なぜなら、私の母は卵巣が一つしかなくて、8か月の早産だったのです。母はもっと多くの子供がほしかったのですが、医学的にきわめて危険だということで、母も父も一人の息子だけであきらめたのです。

4 聖職への召命はいつごろ意識されましたか?
 私が子供のころ、「癒しの聖母」教会にフェルナンド・ルースという心が寛く信仰深い神父さんがいました。ある日曜日のミサの説教の中で、ルース神父は「わたしは悲しみの内にこの世を去るでしょう。なぜなら、この教会では、神父や修道女への召し出しに応える者が一人もいないからです」と言われたのです。実際、ルース神父は私が神学校に入る前に亡くなられたのです。しかし、私は彼の言葉を忘れなかったのです。これが私が新婦になろうと決心した理由の一つです。ルース神父は今でも天国で微笑んでいると思います。彼の教会から一人の少年が神父となり、もう一人の少年リカルドは、いま神学校の4年生です。私が2~3歳までは、教会の近くに住んでいたので、私の曾祖母と一緒にミサに行くようになりました。私の曾祖母は、ポルトガルの多くの未亡人のように、黒いドレスと黒いベールをつけていました。12歳の誕生祝の頃から、私は男の人たちの近くに座るようになりました。この小さな礼拝堂では男性は少なく、彼らは神父さんの近くに座っていました。私の両親は、いつもはミサに行けませんでしたので、お子さんがなかったソアレス・ダ・シルヴァ、ジュリエッタご夫妻が、信仰上の親として私にカトリック要理を教え、励まし、神学校の学費を出してくれたのです。




カトリック夙川教会のホームページに戻る



[PR]
by shukugawachurch | 2012-06-01 00:00