キリシタン 発見の奇跡
2014年 02月 01日
来年はキリシタン発見百五十周年にあたります。一八六五年三月十七日の昼下がり、大浦天主堂の近くに住んでいたキリシタンたち数名が、新しく建てられた大浦天主堂を見学に行ったのです。扉は閉まっていましたが、庭にいたプチジャン神父(パリ外国宣教会)が扉を開けてくれました。一行は見物人を装い、珍しそうにあちこち見ていました。
神父は祭壇の前で跪いて祈っていましたが、見物していた三人の婦人が神父に近づいて、その中の一人が「私たちは浦上の者でございます」と。
神父が立ち上がろうとすると、また一人が「サンタマリアさまのご像はどこ」と。
神父は一行を聖母子像の前に案内しました。
「ほんとうにサンタマリアさまだ。御子ゼスス(イエズス)を抱いていらっしゃる」。
「私たちは今、悲しみ節(四旬節)を守っています。あなたも守りますか」。
長年のキリシタン弾圧の中にありながらも、一人の神父も持たないキリシタンたちは、親から子、孫に至るまで断食と祈りの四旬節を守っていたのです。
プチジャン神父はこの言葉を聞いたとき、どれほどの驚きと喜びを感じたことでしょう。プチジャン神父はこの出来事を横浜のジラール教区長に手紙で知らせました。そして、それは全世界に広まったのです。これは世界の宗教史上の奇跡といわれます。
キリシタンたちは、プチジャン神父が自分たちと同じ信仰かどうかを見分けるために、三つの質問をしたといいます。
その一つはサンタマリアの崇敬です。もう一つは神父が独身であるかを確かめるため、次のような質問をしました。「せっかく参りましたので、お子さまや奥さまにご挨拶したい」と言うと、「私は一人です。どの部屋にもいないでしょう」、「それではお国にお残しですか」、「国にもいません。私たちは一生独身です」。神父が独身と知って、それを聞いたキリシタンたちは「ありがとう。ありがとう」と床に額をつけて喜んだと云われます。
そして、最後に教皇さまに従うかどうかを確かめるために尋ねました。「ローマのお頭さまのお名前は何とおっしゃいますか」、「ピオ九世と申します。私たちはローマのお頭さまから遣わされて、日本に来ました」。
この三つの質問に対する答えを聞いて、自分たちが神父と同じ信仰であることに安堵したのです。
浦上をはじめ外海、五島、天草に潜んでいたキリシタンたちは次々と現れ、神父の指導を受けに来ました。こうして日本のカトリック教会は再び信仰の自由を得、今日の教会があるのです。私たちの先祖の信仰の強さを、私たちも学びたいものです。