カトリック夙川教会月報 巻頭言


by shukugawachurch

お別れの言葉

                                                       
助任司祭 カスキーリョ マルコ
 できれば、皆さんお一人お一人の名前を呼んで、私が皆さんに出会えたことをどれだけ感謝しているかを順番にお伝えしたかったのですが、それもできそうにありません。 楽しい思い出と賑やかな出来事で溢れた二年間でした。
 皆さんからは本当にたくさんのものをいただきました。それなのに十分お返しできなかったことが残念です。
 皆さんの友情、支援、思いやりには心から感謝しております。 私がアフリカにいた時、彼らの言語を間違って使うと笑われたものでした。しかし、日本では話すときにまごついても日本語を間違えても、バツの悪い思いをすることはありませんでした。日本の皆さんは、私たち外国人が最後まで文章を言い終えられるように手伝ってくださったり、片言の日本語を一生懸命理解しようとしてくださったり、発音を直してさえくださったりする方ばかりだったからです。
 この度、私は岸和田地区・紀泉ブロック(泉南・紀ノ川・岬)へ赴任することになりました。
 仲良くなった友人の方々と離れ、新しい地で新たに出発するのはいつになっても簡単なことではありません。ですが宣教師にとって別の地へ行くことは、生活の一部であり召命なのです。
 また、神父が交替することは小教区にとっても健全で望ましいのではないかと思います。何事もそうです。リンゴの木は植えてから二十年ほどで収穫量が減り始めるので、リンゴ農家では木を植えかえるのだそうです。
 イエズス様が福音を説き、教会をおつくりになったのは三年間だけで、その後は弟子たちに後を託されました。私の場合は二年間でしたが、喜びに満ち溢れた二年間でした。今までこの時間を皆さんと一緒に過ごすことができ、幸運でした。
 大阪教区の池長大司教様は、私がマグロを好きなことをご存知です。それで海の側の小教区を選んでくださったのかもしれません。 また、私が小規模な共同体に愛着を感じていることもご存知なので、複数の小さな教会を任せてくださったのでしょう。
 今回の異動に関しては心配することはありませんし、期待感に胸をふくらませています。
 確かに、皆さんとお別れすることは非常に残念です。けれども、私は皆さんからいただいた素晴らしい思い出を、心と、そして鞄に詰めて一緒に持っていくのです。
 この二年間、夙川教会の共同体のお陰で、思い出の他にも沢山のものを手に入れました。確か、この小教区に来たときは車一台で事足りたはずなのですが、今度の引っ越しには何故か大型トラックが必要になりそうです (笑)。
 皆さんと楽しく過ごした時間を感謝します。新約聖書を教え、説教をし、共に祈り、美味しい食事と会話を楽しみ、意見を交換し、旅行に出かけ、一緒に歌い、キリスト教入門講座を学び、ハイキングをして…。何よりも素晴らしいのは、これらすべてに皆さんの協力があり、支えがあったことです。皆さんの力なしに、私一人ではできなかったと思います。
 喜びもありましたが、悲しみもありました。誰かが病に苦しんだとき、亡くなってしまったとき、皆さんと苦しみを共にしました。すべての出来事には意味があり、神を信じる人々が永遠の生命を得るための神の計画の一部なのです。聖パウロが言われたとおり、「神を愛する者たちには、万事が益になるように共に働いてくださる」(ローマ 8・28)のです。
 私が司祭叙階式を受けた時、私の司祭としてのモットーは、「神よ、あなたの前では我々はすべて旅人であり寄留者です」でした。もし、すべての人々が旅人として生きたなら、土地を奪い合う戦いは起こらず、世界は平和になるでしょう。
 イエズス様、マリア様、ヨセフ様は旅人としてエジプトで暮らしました。これは宣教師の日々の生活と同じです。私たちは新しい文化や言語に触れ、学び、新しい考えを吸収します。時には、思いや考えを表現することに苦労したり、誤解を生んでしまったりすることもあります。しかし、私たちが人間である限り、必ずこの文化や国の境界線を乗り越える方法があるのです。
 皆さんとまたお会いできることを祈っています。世界はこんなにも狭いのです。必ずいつかどこかで皆さんと再びお会いできると信じています。

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by shukugawachurch | 2014-05-01 00:00