人気ブログランキング | 話題のタグを見る

カトリック夙川教会月報 巻頭言


by shukugawachurch

愛と所有(2024年9月号巻頭言)

                                                       
ダニエル 李 昇倫 神父
 多くの愛が「壊れる」姿を見ます。 愛が香りで、美しさで、豊かな実を結ぶことができずに終わる理由は何でしょうか? 様々な原因があると思いますが、その最たるものは、おそらく愛と所有を混同することではないかと思います
 多くの人が愛と所有を混同します。真の愛は、相手を所有するのではなく、解放してくれる愛です。真の愛は、相手を抑圧するのではなく、成長させてくれる愛です。真の愛は相手を不快にさせるものではなく、心穏やかにしてくれる愛です。
 人は元来、縛られたくない存在です。束縛を嫌い、自由であることを望みます。このように、本来自由を渇望する人間ですが、ある人は、愛する人をまるで水槽に入っている熱帯魚のように思います。あるいは、自分だけを見つめてくれるペットのように思います。そうするうちに、相手はまるで監獄に閉じ込められているような感覚に陥ります。その結果、もたらさせるものは、深い傷と苦しみです。
 イエス様はどのようなお方でしょう? どこにも縛られない風のような神様、この狭い人間の世の中に、私たちの心に束縛してしまうには、あまりにも大きいお方です。
 私たちの愛がイエス様の大きな愛によって、一層成長していくことを願います。真の愛は、相手に対して抱いていた、愛に対する虚像と愛惜を打ち破ることを求めます。真の愛は、相手をありのまま受け入れることを求めます。
 愛が簡単に壊れるもう一つの理由は、相手に対する過度な期待です。あれほど命をかけてイエス様の後をついて回った人々、命をかけてイエス様への愛を誓った人々が、静かに皆去っていきました。イエス様の真のお姿を受け入れることができなかったためでした。
 彼らの目には英雄のようなイエス様の姿だけが映っていました。亡くなった人々をもあっという間に治癒させる「名医」イエス様だけが彼らにとってのイエス様でした。父である神の意思に従い、全てを置いて十字架の道を歩かなければならない、現実のイエス様のお姿には目もくれませんでした。敵の手に渡り、恥辱的な死を迎えなければならない苦しみの内にあるイエス様のお姿を、決して望みませんでした。人間的な愛が崩れるとき、私たちは別の愛に出会います。私たちに対する神の愛であり、神に対する私たちの愛です。私たちの愛がより一層深く、より永続的な愛となることを願っています。


by shukugawachurch | 2024-09-01 10:00