カトリック夙川教会月報 巻頭言


by shukugawachurch

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                        梅原  彰 神父 
                                     
木々の芽が萌え出て、春の装いを感じる頃教会はキリストの復活祭を迎えます。
冬の間風雪に耐えていた落葉樹はあたかも死んだかのような状態から、一雨ごとに春の訪れを感じ、
一気に萌え出る姿はキリストの復活を祝うに相応しい時です。
今年の復活祭には二十五人の大人と二人の小学生と四人の幼児の三十一名が受先せれる予定です。
大変嬉しく思います。多くの人々といのりと支えによって、兄弟姉妹が誕生するのです。
新しく信者になった方々を躓かせることなく、にんなで暖かく見守って、共に歩んでいきましょう。
 聖書を読むと、キリストの受難と十字架上の死という思いがけない出来事を体験した弟子たちに、
何が何だか解らない数日間を過ごしたのです。かれらが戸惑い、キリストから離れて行ったのも、
無理からぬことのように感じます。自分達が男として、キリストに命をかけ、従って三年間寝食を共にしました。キリストの名声は日に日に高まり、ユダヤの町や村へキリストが行かれるところ、誰もその名を知らない人がいないほど、キリストは有名になっていかれたのです。
その様子を肌で感じていた弟子達は、自分達もあたかも偉くなったかのような気持ちになっていました。そうした矢先にキリストは捕らえられ、鞭打たれ、茨の冠を被せられ、十字架を担って行かれたのです。弟子達はキリストの公生活中に何度も「キリストは捕らえられ、殺される」ことを聞いたことがありました。しかし、まさか現実のものになるとは夢にも思っていなかったのです。
かれらはなぜキリストが十字架上の死を遂げねばならないのか、その意味もよく解らなかったのでした。キリストはあっという間に十字架にかけられ、亡くなられたのでした。
ヨハネを除いて他の弟子たちは十字架のそばに行くことができず、遠くからその様子を見ていたに過ぎませんでした。キリストがあのような死に方をされたのなら、次は自分たちにも敵の手が伸びるかも知れないという不安から、戸をしっかりと閉め鍵をかけて身を隠していたのです。ところがキリストの死後三日目に復活されたとの知らせが入り驚かされました。
「キリストは死に打ち勝って復活される」ことは生前聞いていたにもかかわらず、弟子たちはなかなか信じられなかったのです。しかし何回も復活されたキリストに出会うことによって、疑いもなくキリストは復活され、自分たちと共に一緒に生きてくださっっていることを固く信じる者に生まれ変わったのです。だからこそ弟子たちはキリストの宣教のため喜んで出かけ殉教も恐れなかったのです。
私たちも復活されたキリストが今も私たちと一緒に人生を歩んでおられることを信じたいものです。




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by shukugawachurch | 2009-03-31 09:40