カトリック夙川教会月報 巻頭言


by shukugawachurch

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キリストの「誕生日」?

                                                       
マルセリーノ春名昌哉神父



 今年も早いもので12月を迎え、2010年も終わろうとしています。今年は私にとってとても印象深い一年となりました。司祭叙階、夙川への赴任、念願だったカンボジアへの訪問など、大きな出来事が続きました。この一年間に神様からいただいた恵みに心から感謝したいと思います。
 私たちは今、待降節を過ごしています。主の降誕を心から待ち望み、そのためにふさわしい心を準備する時です。私たちはよく、
12月25日をキリストの「誕生日」であると考えてはいないでしょうか。私も子供のころ、色々な人から「クリスマスはイエス様の誕生日です」と教えられた記憶があります。しかし、聖書はキリストが誕生した日付については何も記してはいません。ではなせ、そしていつ頃から12月25日にクリスマスを祝うようになったのでしょうか。
 クリスマスが現在のように12月25日に祝われるようになったのは、四世紀ごろからです。それ以前は1月6日に祝われることが多かったようですが、これはエジプトのアレクサンドロスにあった「イエスは人間であったが、洗礼を受けたことによって神になった」と考えるキリスト教の一派が、祝っていたものが広まったようです。
よってクリスマスは主の公現の祭日を経て、主の洗礼の祝日の頃に祝われていたことになります。この習慣は現在も東方教会(ギリシア正教、ロシア正教等)に伝わって祝われています。
 一方、12月25日にクリスマスが祝われるようになったのは、
ローマ帝国から広まったもので、この日はもともとローマ帝国に普及していたミトラス教の祭日でした。ミトラス教は太陽神ミトラスを崇拝する宗教で、太陽の勢いが最も小さくなる冬至にあたる12月25日を、この日を境に太陽が力を取り戻し始める日、「不滅の太陽の誕生日」として祝っていました。
 これに対してキリスト教は、旧約聖書のマラキ書三章二十節の「義の太陽」という個所から、「12月25日には真の『義の太陽』であるイエスの誕生」を祝うべきであると考えるようになり、ミトラス教が徹夜で「不滅の太陽の誕生日」を祝ったのに対して、徹夜で主の降誕を喜ぶミサをささげるようになりました。
 そして325年、第一回目の公会議であるニケア公会議で12月25日がクリスマスと正式に決定されました。1月6日ではなく12月25日に決定された背景には、キリスト教を公認したローマ皇帝コンスタンティヌスの思惑がありました。コンスタンティヌス帝はミラノの勅令によってキリスト教を保護しましたが、その他の宗教を弾圧したわけではなく、キリスト教とミトラス教を平和裏に混交させようと考えていました。しかしその後ミトラス教の勢力が弱まり、その結果12月25日はキリストの誕生を祝うクリスマスとして定着していきました。
 ローマでは当初、12月25日の日中のミサでクリスマスを祝っていましたが、五世紀に24日の夜に祝うミサ、六世紀には25日の早朝のミサが加わりました。やがて降誕祭から始まり公現、主の洗礼の祝日までを含む祝いの期間としての降誕節が成立していきました。
 12月25日は決してキリストの「誕生日」ではありませんが、私たちにはこの日に主の降誕、すなわち神の子であるキリストが人となられて私たちのもとに来てくださったことを記念します。ここに示された神様の私たち人間への大きな愛。最愛のひとり子を私たちの救いのために遣わして下さったことに心から感謝する日です。
私たちはクリスマスを祝う時、この思いを新たにする必要があるのです。
 2010年も間もなく終わろうとしています。クリスマスに向けて私たちは心の準備をしています。私たちがふさわしい心で主の降誕を迎えることができますように。そして今年一年間にいただいた恵みに感謝し、来るべき新しい年もまた神様の豊かな恵みの内に生きることができるように共に祈りましょう。






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by shukugawachurch | 2010-12-05 23:25