カトリック夙川教会月報 巻頭言


by shukugawachurch

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十月はロザリオの月です

                                                       
ペトロ 梅原 彰 神父

 「ベルナデッタとロザリオ」(イエズス会・ラヴィン神父著)という本が1958年ルルドで聖母マリアがご出現になった百年日を記念する年に出版されました。この本が日本で紹介されるのはベルナデッタ列聖式の五十年目の時です。ベルナデッタのようにロザリオを信心深く唱えれば、聖母マリアを眺めながら神の子キリストの深い奥義、すなわち馬小屋に生まれ、カルワリオの十字架を経て、栄光ある復活と昇天までの主の生涯を毎日思うことになり、ベルナデッタと共に罪人のために祈ることになります。彼女はいつもロザリオの珠をつまぐりながら祈っていました。彼女にとってロザリオはその信仰、自分が受けた恵み、使命、自己の聖性と使徒的働きを確かなものにする道具でした。彼女にとってロザリオは神から与えられた霊的な生きざまを特徴づけるしるしだったのです。その生涯のすべては彼女がつまぐるロザリオの祈りのリズムに合わせて展開されていくのです。彼女の摂理的な召し出しはロザリオの祈り通してひとつの素晴らしい霊的な小道を私たちに示してくれます。彼女はすべての知識、すべての富、すべての宝としてロザリオの祈りと聖母マリアに対するひたむきな愛しか持っていなかったのです。ベルナデッタが生まれた粉ひき小屋から、ヌヴェール修道院にいたる道を辿ることによって私たちは驚くべき発見の道を歩むことになります。
 1858年2月11日(ルルドの洞窟で聖母マリアがベルナベッタに現れた日)彼女はロザリオを手にしていました。彼女はロザリオを手離すことは決してなかったのです。ご出現になった白い服を着た若い女の方(聖母マリア)の右腕にも同じようにロザリオがかかっていました。そのロザリオの鎖は黄色で珠は白く大きく、珠と珠の間は非常にあいていました、と語っています。彼女は次のように述べています。「その白い服を着た若い女性は唇を動かされませんでした。けれども詠唱の祈りの時には頭を下げロザリオを唱えておられるのがはっきりと見えました。」聖母マリアはベルナデッタに18回現れ「わたしは原罪なく宿ったマリアである」ことを彼女に話され、ロザリオの祈りを唱え罪人の回心のため、罪の償いをするよう呼びかけられてのです。十月はロザリオの月です。私たちも個人で、家族で、グループでロザリオの祈りを唱えたいものです。ロザリオは自分や家族のためだけではなく、罪人の回心のため、また亡くなった方々の救霊のために捧げることは素晴らしい愛のプレゼントになります。故田口大司教のお母さんが60年前ガラシア病院(大阪市阿波座にあった)に入院されていたころ、小神学生であった私(中学3年生)がお見舞いに行ったとき「私は毎日三環ロザリオの祈りをします。一環は私と家族のため、一環は息子田口司教のため、もう一環は煉獄の霊魂のために唱えます」と。私は司教様のお母さんがこのように祈りをもって司教様や多くの方々のために祈ってくださっていることを知って、感激しました。私たちも聖母マリアに心を合わせ、イエズスのご生涯を黙想しながらロザリオの祈りを唱えましょう。




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by shukugawachurch | 2012-10-01 00:00