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カトリック夙川教会月報 巻頭言


by shukugawachurch

復活祭のよろこび

                                                       
ペトロ 梅原 彰 神父
 復活祭に先立つ四旬節、受難節に私たちは私たちの救いのため、自分のいのちを十字架につけられ亡くなられたイエスを思い、痛悔し、その愛に感謝します。
 復活徹夜祭には13名の方が洗礼の恵みを受けられます。その日、聖堂前に集まった信徒の前で、火とろうそくを祝福します。明かりを消した暗い聖堂に、火のついた復活ろうそくを掲げ、「キリストの光」と三度歌いながら入堂します。次の瞬間、闇は光に変わり、闇の力はなくなり、死を滅ぼし、復活のいのちが生まれるのです。各自が一本のろうそくを持っていて、次々とキリストの光から火を分けてもらうのです。暗かった聖堂は、多くのろうそくの光に照らされ明るくなります。復活の賛歌が歌われ、40日ぶりにアレルヤの歌が歌われ、教会の鐘も栄光の賛歌が終わるまで鳴り響きます。キリストが死に打ち勝って復活し、今も私たちとともにおられることを確信し、よろこびを分かち合うのです。
 イエスはエルサレムの町の外、ゴルゴダの丘で、十字架につけられ亡くなりました。弟子たちはショックを受け、途方に暮れ、失望して、自分たちのいのちを守るため部屋に隠れ、恐れおののいていました。イエスに対する期待が大きかっただけに、その失望も大きかったのは共感できます。
 弟子たちが身を潜めていたのとは反対に、何人かの婦人たちが、イエスの墓へ出かけたのです。慌ただしい埋葬しかできなかったので、もう一度、遺体に香油を注ぐためでした。ところが墓に着くとびっくりしました。イエスの墓は、岩に掘った穴の入り口を大きな石で塞いであったのですが、その石が横に転がり、墓が開け放たれていたのです。婦人たちが恐る恐る中に入ってみると、イエスの遺体がありません。敵対者がどこかに捨ててしまったのかと途方に暮れていると、突然、天使が現れ、「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。さあ行って弟子たちにこう言いなさい。『あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる』と」。婦人たちは墓を飛び出し、弟子たちのところに走っていきました。以上のことは福音書に書かれています。
 マルコ福音書には、イエスは「復活する」と書かれています。これはイエスが人間であるだけでなく、神でもあり、ご自分の神性の力によって復活したということです。イエスはアダムによってもたらされた闇(死)を打ち破り、光(いのち)を再び人類に与えてくださったのです。したがって、私たちは、復活された神の御子イエスが私たちとともに生きてくださっていることを固く信じ、よろこびをもって人生を歩んで行くことができるのです。


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# by shukugawachurch | 2019-04-01 00:00

再会や奇跡の聖母致命祭

                                                       
エリック・バウチスタ・デ・グスマン 神父
 先月、2月5日、前田万葉枢機卿様はフィリピンのイロコス・ノルテ州(Ilocos Norte)のラオアグ教区(Diocese of Laoag)の招待を頂き、バドックカトリック教会(Badoc Catholic Church)をお尋ねになりました。わたしは通訳として同行させて頂きました。前田枢機卿様は小教区の右の脇祭壇に安置される福者ユスト高山右近のご像を祝福するようにと頼まれました。左の脇祭壇には、マニラの聖ロレンソ・ルイスのご像が祝福されてから安置されました。
 2月5日はその小教区にとって、大きなお祝いの日でした。小教区の聖堂はフランシスコ教皇に小バジリカとして指定され、その小バジリカ指定は荘厳ミサの中で宣言され、お祝いされました。小バジリカという称号は、建てられた聖堂のスタイルと時代、そして、訪れる信者の人数などの条件を満たす特定の教会聖堂にのみ教皇様から与えられます。駐フィリピン教皇大使をはじめ、フィリピンのケヴェド枢機卿様とフィリピンの大司教区の大司教様方がお見えになりました。ミサの前に、前田枢機卿様によるご像の祝福式と安置式が行われ、その後、前田枢機卿様は枢機卿正装(赤いスータンにレースの白いスルプリ、スルプリの上に赤い肩掛け、肩掛けの上に金色の枢機卿用の十字架と頭には「ビレッタ」という赤い角帽)に着替えて、荘厳ミサを献げられました。
 その小教区に、「バドックの奇跡の聖母」(スペイン語では、「La Virgen Milagrosa de Badoc」)という有名な聖母子像が安置されています。お話によると、その聖母子像はもともと長崎のどこかの教会に安置されていたご像で、キリシタン迫害が始まったときに、長崎のキリシタンたちはそのご像が破壊されないために、1625年にそのご像を木の箱に入れて、舟でマニラへ送りました。マニラへ行く途中、木の箱が舟から落ちてしまって、バドックの周辺の浜辺で漁師たちに引き上げられたということでした。前田枢機卿様を招かれたラオアグ教区のマユグバ司教様は、前田枢機卿様に奇跡の聖母を是非見てほしいと仰おっしゃっていました。
 前田枢機卿様はミサの中でのご挨拶で、1614年にマニラで命をささげた高山右近と1637年に長崎で殉教されたロレンソ・ルイスは日本とフィリピンの宗教的・霊的なつながりの代表であること、そして、両国のこれからの絆がさらに強められ、深まることを期待していると仰おっしゃいました。また、2月5日は日本26聖人殉教者の祝日で、前田枢機卿様が日本の代表者として奇跡の聖母に出会ったことについて、「再会や奇跡の聖母致命祭」という俳句を詠まれました。

(致命祭とは日本26聖人殉教者が長崎で処刑された日を記念する日で、ちなみに春の季語です。)

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# by shukugawachurch | 2019-03-01 00:00

ルルドの聖マリア

                                                       
ペトロ 梅原 彰 神父
 2月11日は聖母マリアが14歳の少女ベルナデッタにご出現された記念日です。今では有名な巡礼地となって、年間500万人もの人が訪れます。貧しい家庭に生まれ、病弱であったベルナデッタにマリア様がご出現になったのは、今から160年ほど前の1858年2月11日のことでした。
 彼女はピレネー山脈の麓ルルドに生まれ育ちました。彼女は妹ともう一人の友人と一緒に薪を拾いに出かけ、川を渡るために靴下を脱ごうとしていた時、急に風の音を聞いて振り返ると、目の前の洞窟で優しい光が輝きました。じっと目をこらしたベルナデッタは、そこに美しい微笑みをたたえた一人の婦人が立っているのが見えました。真っ白な服に青い帯がしめられ、足の指の上には二つの黄色いバラがあり、腕にはロザリオが掛けられていました。ベルナデッタはロザリオを取り出し、一生懸命唱え、唱え終わると不思議とその姿は消えていたというのです。これが最初の出現の様子です。その後17回のご出現があったのです。
 後日、最初のご出現の様子を妹に話したことにより、すぐ家族や近所の人に知れ渡り、気が狂ったのではないかと、その事実をなかなか信じてもらえなかったのです。
 しかし、18回もの出現の中で、マリア様のメッセージが伝えられました。「罪を犯す人の代わりに償いを」、「回心するように」、「ここに聖堂を建てるように」、「祈りなさい」など。
 3月25日、聖母マリアは「私は無原罪の御宿りです」とその名を明かされました。聖母マリアの言葉どおり、土を掘ると泉がこんこんと湧き、その水に入ったり、飲んだりすることによって、重い病気が回復する奇跡が起こりました。4年後、教会の綿密な調査により、彼女は精神異常者でも嘘つきでもないことが証明され、1933年、ピオ十一世教皇より列聖されました。神はこの貧しい者の聖性を世に示してくださったのです。今、そのご遺体は無傷のまま、ガラス張りの棺の中に安置されています。私もヌヴェール修道院の聖堂に安置されている聖女ベルナデッタにお会いしました。

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# by shukugawachurch | 2019-02-01 00:00

ベトナムのお正月

                                                       
グエン・シン・サック 神父
 明けましておめでとうございます。昨年は色々な出来事を通して神様のお恵みを感謝致しました。今年も皆さまの上に神様が祝福を与え、健康と平和がありますように心よりお祈り申し上げます。
 ベトナムのお正月は日本とはまるで異なる雰囲気です。ベトナムのお正月は「テト」と言います。テトは旧暦に基づいて決められますので、毎年変わりますが、大体1月後半から2月半ばまでの間に当たります。
 ベトナムでは、テト休みは一番長い休みです。長い連休なので国内外で仕事する人も多いですが、やはりどちらかというと、どんなに忙しくても帰省して田舎で家族と過ごす若者がほとんどとなります。
 テトが近づくと、テトの花などの飾り物とお菓子、果物が、道でたくさん並んで売られます。それを見るだけでテトの雰囲気をいっぱい感じられるほど、街がとても賑わいます。テトの前には家族みんなで大掃除をしたり、家の中の飾りつけをしたり、料理の準備と買い物をしたりします。大晦日には家族そろって教会へ行き、一年間のお恵みを感謝しながら聖体礼拝を行っています。
 元旦も家族そろって教会へ行き、ミサに与ります。その時は一人ひとりが聖書のみ言葉を引いて、一年間の「道連れのみ言葉」とします。ミサが終わった後、家族のみんなで一緒にワインを飲んだり、少し食べたりして、お祝いします。そして、お年玉を渡す習慣もあります。基本的には、祖父母、親から孫、子どもへ、赤や金色の袋に入れて贈ります。元旦にお年玉をあげる習慣はずっと前からありました。今年も良いことがありますようにと願いをこめて、贈るのです。
 その後、子どもが親戚や近所の家にお祝いに行きます。テト元旦から3日までは親族訪問、近所訪問、先祖のお墓参りなどをします。元日は父方の祖父母の家に兄弟、孫たちが集まって一緒にお祝いします。2日は母方の祖父母の家でお祝いします。3日は子どもたちが先生の家を訪問し、いつも熱心に教えていただいていることに対する、感謝の気持ちでクラスの皆が集まって一緒にお祝いします。
 ベトナムのお正月はとても賑やかで雰囲気も温かいです。テトを通して家族の皆が食卓を囲んで談話をしたり、一年間の疲れを癒したりして、愛の絆が深く結び付きます。

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# by shukugawachurch | 2019-01-01 00:00

クリスマスのよろこび

                                                       
ペトロ 梅原 彰 神父
 クリスマスが近づくと、人々は恋人や友人など親しい方々にクリスマスプレゼントを差し上げます。もらう方はそれを受け取って嬉しくなります。そこに愛の息吹を感じます。与えるほうも受けるほうも嬉しくなり、心に愛の共鳴を感じます。愛は愛する相手に何かを与えたいのです。
 母の日や父の日に、小さな子どもがお母さんやお父さんの似顔絵を描いてプレゼントします。もらった親御さんはお金の価値がなくても嬉しく思い、喜ぶのです。それはその子が絵を通して、自分自身をお母さん、お父さんに与えているからです。
 キリストは「友のために生命を与えるよりも大きな愛はない」とおっしゃいました。愛の最高の現れは、自らを、生命までも与えることです。大切なお金やダイヤモンドを与えても、自分の持ち物を与えるだけでは、まだ十分とは言えません。自分自身を与えてこそ、愛は完全になるのです。神の最も素晴らしい愛のみ業は、神が自らを与えておられるということです。神は宇宙万物を創造されただけでなく、その中にご自分の生命を挿入し、この世と一体になろうとしておられるのです。これは、御父が御子と聖霊を派遣してくださることによって実現されます。
 イエス・キリストは、マリアから生まれた真まことの人間です。イエス・キリストは神であると同時に人間性をとられ、神人(しんじん)イエス・キリストとなられたのです。
 ヨハネは「父のふところにいる独り子である神」(ヨハネ1・18)、そして、神が人間となったこの神秘を「言(ことば)は肉(人間)となって」(ヨハネ1・14)と言っています。教会では、この神秘を「受肉(じゅにく)」とか「托身(たくしん)」という言葉で示しています。神の永遠の御子がマリアの胎内で一つの人間性と一体となり、一人の人間として、人類の歴史の中に入って来られたのです。ヨハネは「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された」(ヨハネ3・16)と言っています。つまり、神はご自分にとって最も大切な宝である御子を、人類に、その歴史の中心になるように送ってくださったのです。イエスは生涯を通して、ご自分の時間も身も心もすべてを捧げ、すべてを受け入れ、ついには十字架上で私たちの救いのために亡くなられたのです。しかし三日目に復活して永遠の生命に入られたのです。その姿は、私たちが互いに愛し合って、すべてを他者の幸福のために捧げて生きるようにとのメッセージだったのです。私たちはクリスマスにこのメッセージを分かち合いましょう。

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# by shukugawachurch | 2018-12-01 00:00