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カトリック夙川教会月報 巻頭言


by shukugawachurch

ご聖体の恵み

                                                       
ペトロ 梅原 彰 神父
 ここ3ヶ月間、新型コロナウイルスの感染拡大を抑えるため公開ミサが中止されました。信徒の皆さんは寂しく辛い思いをされたことでしょう。改めて、ご聖体の恵みの大きさについて考えてみたいと思います。
 カトリック教会は、キリストに由来する貴重な宝として7つの秘跡を持っています。7つの秘跡は、それぞれ性格の異なるものです。象徴的な意味を持つ動作(水で洗う、手で頭に触れる、一緒に食事をする、等)をします。そして、それらの儀式にもう一つの要素として、キリストが定めた言葉が加わります。その言葉によってこそ、その動作の意味が明らかにされ、救いをもたらし、イエスの業と結びつけられます。教会によって委託された人々は、イエスの名によって秘跡を授けます。そして秘跡を通して、秘跡を受けた各自の中にイエスのいのちが育てられます。
 復活したイエスは弟子たちを全世界に遣わして、「あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい」(マタイ 28・19~20)と命じられました。
 弟子たちは聖霊降臨後、早速、宣教に旅立ちました。ペトロたちはエルサレムに向かい、弟子になろうとする人に洗礼を授け、その日に三千人ほどが仲間に加わりました。彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心でした。(使徒言行録 2・41~42)
 神の子となったキリスト者を養い育てるため、イエスはご自分の体と血を、パンとぶどう酒の形態のもとに与えてくださったのです。イエスは最後の晩さんの時、弟子たちにパンとぶどう酒を与え「これはわたしの体」、「これはわたしの血」と言われ、「わたしの記念としてこのように行いなさい」とお命じになりました。(ルカ 22・19)
 主の晩さんは、少なくとも日曜日ごとに行われました。キリスト者たちのすべての共同体において、イエスの死と復活の記念祭として行われるようになったのです。食物がそれを食べる人のいのちを養うように、私たちのために生き、私たちのために死んだイエスは、自分自身を私たちの永遠のいのちを養う食物・飲み物にされたのです。それは、人とイエスの間の完全な一致が実現され、イエスにおいて私たち皆が一つになるようにするためです。普通の食物は人間の体になりますが、天から下ってきた、生きているパンであるイエスをいただくならば、その人は次第にキリスト化されます。パンとぶどう酒は、食物・飲み物であり、いのちの源です。
 ミサを行うとき、キリスト者たちは人に永遠のいのちをもたらすイエスの死を、感謝をもって記念しているのです。ご聖体を通して、私たちはイエスの死と復活のもたらしている恵みに与るのです。
「生きておられる父がわたしをお遣わしになり、またわたしが父によって生きるように、わたしを食べる者もわたしによって生きる」。(ヨハネ 6・57)


# by shukugawachurch | 2020-07-01 08:00
                                                       
ペトロ 梅原 彰 神父
夙川教会の信徒の皆さん
 お元気にお過ごしでしょうか。
 本当に長い間、新型コロナウイルスに人類は苦しめられています。あたかもウイルスは悪魔のようです。正体を隠し、次から次へと人を死に追い詰めていくようです。しかし失望することはありません。必ず人類はウイルスに打ち勝って正常な生活に戻れると思います。今は忍耐の時です。
 五月は聖母月です。私は毎日ロザリオ一環を唱え、皆さんのためにお祈りしています。もうすぐごミサも公式に捧げられ、皆さんとともにごミサを捧げられると思います。皆さんと近日中にお会いできることを期待し、祈っています。皆さんも家庭で祈り、特に今月はロザリオの祈りをしてください。
                  主任司祭 梅原 彰文>>
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# by shukugawachurch | 2020-05-17 12:00
                                                       
ペトロ 梅原 彰 神父

 今年の聖週間は本当に寂しい聖週間でした。一年のうちで最も盛大に記念し祝われる典礼が、新型コロナウィルスの蔓延のため、盛大に祝われなかったのです。
 イエスが御父のもとから人間となってこの世に来られ、自らのことばとことばの真実さを示す行いをもって、神の国の訪れを現してくださいました。人類を救うため、受難と十字架上の死によってその愛を示し、復活の栄光に入られたのです。
 ユダヤ人は日常の生活の中で挨拶する時、「シャローム」(ヘブライ語)と言います。イエスも復活して弟子たちにお現れになった時、「シャローム」と挨拶されました。イエスの復活を信じるのに後れを取ったトマスに対しても同じ言葉を使われました。
 「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい」(ヨハネ20・27)
 トマスは、イエスの出現に圧倒され平伏して「私の主、わたしの神よ」と全面的な信仰を表します。イエスこそ私の人生にとってなくてはならない方であることを表明し、全面的に帰依することを告白しました。その時、イエスは「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである」(ヨハネ20・29)と言われました。その言葉は私たちにとって非常に喜ばしい言葉です。私たちはイエスの復活を見たことはありません。聖書にも書かれているように、イエスの復活を見た人たち(ペトロ、マグダラのマリア、十二使徒、パウロ、五百人の人たち)の証言によって、また御父とイエスが送ってくださる聖霊の働きによって、私たちも「わたしの主、わたしの神よ」と信仰告白できるのです。復活されたイエスが今も私たちとともに生きていてくださり、私の人生の伴侶となってくださるので、私たちは力強く人生を歩めるのです。
                         主任司祭 梅原 彰



# by shukugawachurch | 2020-04-09 12:00
                                                       
ペトロ 梅原 彰 神父
夙川教会の信徒の皆さん
 新型コロナウィルスによる新型肺炎の感染が全世界に広がり、多くの人々が亡くなり、また感染者も増え、皆さんも不安な日々をお送りのことと思います。教会の長い歴史の中で、日曜日の公開ミサが中止になるということは初めてのことと思います。
 私たち司祭は、個人として毎日ミサを皆さんのためにお捧げしていますが、信者の皆さんにとって、ミサに与れず、ご聖体拝領ができないことに、さぞ寂しさを感じておられることと思います。この感染が一日も早く終焉することをお祈りするばかりです。
 私は今回の災いはある意味で神様の人類への警告ではないかと思います。現代、人間は人間の知恵を使って何でもできるという傲慢に陥って、神を忘れ、神のみ旨を無視し、自由奔放に生きています。しかし、新型コロナウィルスのような細菌にさえ打ち勝つことができないのです。私たち人間は、神がおられ支えてくださっているから生きることができるのです。ですから、もう少し神に敬意を払うよう呼びかけておられるのではないでしょうか。私たちキリスト者もこれを契機に、この四旬節受難節を、回心し、祈りと犠牲、愛の業に励み、主を賛美し感謝を捧げて過ごしましょう。 
 皆さんの心身の平安をお祈りします。
                       主任司祭 梅原 彰


# by shukugawachurch | 2020-03-20 12:00
                                                       
ペトロ 梅原 彰 神父
 生れてはじめての新型コロナウイルスのため、公開ミサの中止やキリスト教講座の中止になり複雑な心境です。皆さまとお会いできなく寂しい思いです。早く感染がおさまり、平常にもどれますようお祈りします。皆さんは各自祈りや聖書朗読をして相応しく四旬節をお送りください。
主任司祭 梅原 彰
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# by shukugawachurch | 2020-03-06 12:00